2009年06月21日

顕微鏡(けんびきょう)とは、光学的もしくは

顕微鏡(けんびきょう)とは、光学的もしくは電子的な技術を用いることによって、微小な物体を視覚的に拡大し、肉眼で見える大きさにする装置である。単に顕微鏡というと、光学顕微鏡を指すことが多い。

光学顕微鏡は眼鏡屋のヤンセン父子によって発明された。その後、顕微鏡は科学の様々な分野でこれまで多大な貢献をしてきた。その中で様々な改良を受け、また新たな形式のものも作られ、現在も随所に使用されている。顕微鏡を使用する技術のことを顕微鏡法(microscopy)、検鏡法という。また、試料を顕微鏡で観察できる状態にしたものをプレパラートという。

光学顕微鏡 (OM)
実体顕微鏡
蛍光顕微鏡
レーザー走査顕微鏡
共焦点レーザー顕微鏡
電子顕微鏡
透過型電子顕微鏡 (TEM)
走査型電子顕微鏡 (SEM)
走査型プローブ顕微鏡 (SPM)
原子間力顕微鏡 (AFM)
走査型トンネル顕微鏡 (STM)
走査型近接場光顕微鏡 (SNOM)
X線顕微鏡
超音波顕微鏡
思い出の童謡集
アジアの歴史
太陽のお話
百人一首
やすらぎ★アロマ
かわいいペット・秋田犬
紅茶伝説
医学・女性のための情報集
バラ・ローズのため息
楽しいかたかな
テーマパーク
狂言
クロマトグラフィ
軟体動物
産科学
同人誌
博物館
図書館
振付師
生化学

バーチャル顕微鏡

顕微鏡と科学 [編集]

生物学 [編集]
科学の諸分野の中で、生物学は恐らくもっともその影響を受け恩恵を被っている。ほとんどの生物学の教科書が細胞の発見から始まることを見ても、それは明らかである。また高等学校においては、通常は顕微鏡は生物教室におかれる。

2009年06月02日

1871年2月に仮条約がヴェルサイユで結ばれ

普仏戦争の講和条約は、1871年2月に仮条約がヴェルサイユで結ばれ、1871年5月10日のフランクフルト条約で正式に調印された。これによりフランスは東部のドイツ人居住地域であるアルザス・ロレーヌ地方3県を失い(1919年までドイツ領エルザス=ロートリンゲン州)、50億フランの賠償金の支払いを義務付けられた。またフランス領内に進駐していたプロイセン軍は1873年9月まで駐留することが決定された。
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普仏戦争の後、列強の一つ、統一ドイツ帝国が誕生することになる。戦後の国際外交はビスマルクの思惑通り進み、1873年、ドイツ帝国はロシア、オーストリア両帝国と三帝同盟を結ぶなど、フランスの外交的孤立化が進んだ。また戦争の余波で、ローマ教皇領はフランスからの軍事的保護を失い、普仏戦争中の1870年9月20日、イタリア王国軍によって占領された。

国民皆兵制を取ったプロイセンが圧勝したことにより、他国も国民皆兵に追従することとなる。日本やロシアも普仏戦争の結果を見て国民皆兵制を採用した。

この次にヨーロッパを中心に行われた戦争は1914年に開戦した第一次世界大戦である、

戦争後のフランス [編集]
敗戦の結果フランスでは第二帝政が崩壊して、以降は共和制となる。1875年2月、正式に第三共和制政府が発足した。ナポレオン3世は後にイギリスに亡命し、1873年にその生涯に幕を閉じた。そしてこの敗北によるアルザス・ロレーヌ地方の併合は、フランス国民に深刻な反ドイツ感情を植え付けた。

フランスの小説家ギ・ド・モーパッサンは当時20歳で国民遊撃隊員だった。彼は後にこの戦争を題材にした小説『脂肪の塊』を発表する。

2009年04月30日

中国の書物の伝える新羅建国

隋書東夷伝によれば、その王はもと百済人で、海から逃げて新羅に入り、ついにその国に王となった。祚を伝えて金真平に至った・・・。その先には百済に附庸していたが、のち百済が高句麗を征するのに困って、高句麗人は戎役に堪えられず、あい率いてこれに帰したので、ついに強盛を致し、困って百済を襲い、迦羅国に附庸となった。

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『三国史記』新羅本紀によれば、朴氏・昔氏・金氏の3姓の王系があること、そしてそれぞれに始祖説話を持っていることが伺える。

朴氏初代の朴赫居世
辰韓の六村の長の一人が、蘿井(慶州市塔里面に比定される)の林で馬の嘶くのが聞こえたので近寄ったところ、馬が消えて大きな卵があった。卵を割ると中から幼児が出てきて育て上げたが、10歳を越える頃には人となりが優れていたことから六村の人たちは彼を王位につけた。卵が瓠(ひさご)ほどの大きさであったため、辰韓の語で瓠を表す「バク(=朴)」を姓として名乗った。朴赫居世は紀元前57年に13歳で王位(辰韓の語で王者を表す居西干と称された)に就き、国号を徐那伐とした。また、閼英井(南山の北西麓の羅井に比定される)に龍が現れ、その右脇から生まれた幼女が長じ、容姿端麗にして人徳を備えていたので朴赫居世は王妃に迎えた。当時の人々は赫居世と閼英とを二聖と称した。また、建国時に腰に瓠をぶら下げて海を渡って来たことから瓠公と称されるようになった倭人が、大輔という役職名の重臣になった。
昔氏初代の昔脱解(第4代脱解尼師今)
倭国東北一千里のところにある多婆那国[3]の王妃が妊娠ののち7年たって大きな卵を生み、不吉であるとして箱に入れて海に流された。やがて辰韓に流れ着き老婆の手で箱が開けられ、中から一人の男の子が出てきた。箱が流れ着いたときに鵲(カササギ)がそばにいたので、鵲の字を略して「昔」を姓とし、箱を開いて生まれ出てきたことから「脱解」を名とした。長じて第2代南解次次雄の娘(阿孝夫人)の女婿となり、のちに王位を譲られた。
金氏始祖の金閼智(第13代味鄒尼師今の7世祖)
脱解尼師今の治世時に、首都金城の西方の始林の地で鶏の鳴き声を聞き、夜明けになって瓠公に調べさせたところ、金色の小箱が木の枝に引っかかっていた。その木の下で白い鶏が鳴いていた。小箱を持ち帰って開くと中から小さな男の子が現れ、容姿が優れていたので脱解尼師今は喜んでこれを育てた。長じて聡明であったので「閼智」(知恵者の意味)と名づけ、金の小箱に入っていたので「金」を姓とした。また、このことに合わせて始林の地を鶏林と改名した。
赫居世神話に現れる六村はのちの新羅六部の前身であると見られており、これらの部と王統がそもそも結びついていないことを示している。また3姓の始祖説話については、それぞれに誕生の形態が異なりながらも姓の由来を説くものであり、3つの有力な集団があって王位を持ちまわっていたということが窺い知れる。これらの始祖説話は紀元前後に繋年されたものではあるが、実際に新羅で姓が用いられるようになったのは6世紀からのことと見られており[4]、後代に整備されたものであるとの可能性もある。いずれにせよ、複数の王統を持つことや、建国初期に倭人勢力との関わりを伝えることなど、高句麗・百済の始祖説話体系とは異なり、新羅の特徴的事象となっている。

日本側伝承では、『新撰姓氏録』が新羅の祖は鵜草葺不合命の子の稲飯命(神武天皇の兄)だとしているが、稲飯命は、『古事記』においては母の国の海原へ行ったとされ、また『日本書紀』においては神武東征の際に嵐を鎮めるため海に入水したとされるなど、新羅との関わりには触れられていない。しかしアメノヒボコ伝承や出雲神話などに早い時期から新羅と倭との関わりが暗示されている。

2009年04月15日

ルイ・アントワーヌ (アングレーム公)

アングレーム公ルイ・アントワーヌ(Louis Antoine, duc d'Angoulême; 1775年8月6日 - 1844年6月3日)はフランスの王族。アルトワ伯シャルル、後のフランス王シャルル10世と妃マリー・テレーズ・ド・サルデーニュ(サルデーニャ王ヴィットーリオ・アメデーオ3世の娘)の長男。弟にベリー公シャルル・フェルディナン・ダルトワがいる。

生涯 [編集]
1775年、ヴェルサイユに生まれる。伯父ルイ16世によってアングレーム公の称号を授けられる。

亡命中の1799年、ルイ16世とマリー・アントワネットの長女で従妹のマリー・テレーズと結婚する。

スペインでリエゴ大佐の反乱に始まる革命が起こると、1823年にフランス軍を率いて王党派を支援し、フェルナンド7世の復位に寄与した。

1824年に父アルトワ伯が国王シャルル10世として即位すると王太子に立てられたが、7月革命によって再び亡命生活を送る。なお、父シャルル10世の退位後、短時間だが形式的に王位を継承したともされ、ルイ19世と呼ばれることがある。しかし、ルイ・アントワーヌは国民に不人気だったため、父王から弟の遺児シャンボール伯アンリ・ダルトワへの譲位にただちに同意せざるを得なかった。結局、両者とも実際には即位できず、オルレアン公ルイ・フィリップが議会によって国王に擁立された。

ゴリツィア(当時オーストリア帝国領、現在イタリア領)で亡くなった。

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2009年03月31日

春秋園事件

春秋園事件(しゅんじゅうえんじけん)は1932年(昭和7年)に起きた、大相撲史上最大の争議事件。首謀者、盟主の名をとり天竜事件、天竜・大ノ里事件とも呼ばれる。力士の地位向上や日本相撲協会の体質改善などを要求して、多くの関取が協会を離脱した。離脱力士が東京・大井町の中華料理店「春秋園」に立てこもったために、この名がある。結果的に力士側の主張はほとんど受け容れられず、離脱した力士の多くは後に帰参した。
1932年1月場所番付発表の翌日である1月6日、出羽海一門の関取に、「食事会」という招集がかかった。東京大井町の春秋園の大広間「勤王の間」に集まった力士たちの前で、天竜、大ノ里たちは、相撲協会改革の必要性を訴え、それを10箇条の項目(後述)にまとめ提出することとした。協会側は、年寄春日野(元栃木山)と藤島(元常ノ花)の、出羽海部屋の先輩にあたる両親方を派遣して説得にあたったが、天竜たちは「私情を捨てて」たちあがったと回答し、説得は不調におわった。その後もお互いで要求と回答とのやりとりはあったが、協会側が提示した回答が要求に答える中身ではないとして決裂し、9日に西方の関取全員(それと当時幕下の何人か)[1]が協会から脱退するに至ってしまった。

1月12日、協会は2日後に控えた上記番付での春場所開催を無期延期とすることを決定した。この日、新大関武蔵山が脱盟する(25日に協会に帰参)。その後協会と脱退力士たちとの交渉は決裂し、右翼団体が調停に乗り出す場面もあったが和解はならなかった。

1月16日、脱退した力士たちは力士の象徴ともいえる髷を切り落とし、決意と結束の固さを示した(出羽ヶ嶽のみ髷を落とさず→後述)。

東方にも脱退組からの勧誘があり多くの力士が賛同し、1月26日、伊勢神宮参拝を名目に名古屋に赴き、脱退の方向をしめした。幕内は東方の11名しか残らなかった。

西方力士は新興力士団、東方力士は革新力士団を結成、後に合併して大日本相撲連盟が結成された。

以下に当時の番付を示す。

協会にとってせめてもの救いは東方力士脱退と同じ日(1月25日)に新大関武藏山が帰参したことくらいだった。しかし幕内12名では本場所など開催できず十両力士を持ち上げようにも残留したのはいずれも立浪部屋所属の僅か3名、これをあわせて15名でもまだ足りないため東幕下筆頭の國ノ濱から東幕下3枚目の瓊ノ浦までの5名を持ち上げてようやく幕内を元の半分の20名、十両20名とする暫定番付が作成できた。以下が2月13日付発表の暫定番付である。
幕内に幕下力士を持ち上げる程であるから当然十両(2月場所番付では東西10枚ずつの20名)は東西の幕下4枚目から13枚目までの幕下力士を持ち上げて充足された(西幕下3枚目の大高山は新興力士団に加わり脱退した)。なおこの際幕下から幕内に持ち上げられた5名のうち瓊ノ浦だけは当時まだ十両の経験がなく後に陥落することもなかったため昭和唯一の十両経験なき幕内力士となった。この場所は繰上の影響により新入幕8名(1名は1月場所番付での新入幕)に加え新十両が15名という空前絶後のものとなった。

2月22日より本場所が行なわれ脱退した力士48名(資格者)及び式守伊三郎ら行司4名は全員が2月23日付で除名処分とされた。しかし当時は人気力士がゴッソリ抜けたことに加え当時は世間の興味が天竜一派に向いていたため、8日間行なわれた2月場所は人数不足と急造番付という状況を鑑みて取組は従来の東西制を廃止して系統別総当たり制で実施、従来は組まれなかった対戦が見られ、さらに入場料も下げるなどの点があったにもかかわらず観客は少なく、収入は従来の1日分にしかならなかった。なおこの事件は玉錦の横綱免許とも深い関わりがあるとされる。
ハンド パーム ドシア バンス ソルト オース サイバ レスト ソナー プラハ デイする 未来の喜び 足跡 せきりん シーツ 金乃竹 ブルーロー ダンエス サイエン パネル 風の華 ファイア レーション フレット リファレンス マルチーズ キールサエ ヤグルマ草 平核無柿 バイバイ オースチン はそく トウヒ ラスト フレーク ヒストリー デコル かおう 百の城 イヤー ケイブ ならたけ ワインリス ユーロス 沖の石 クイック たてじま なみがさね 汽車ポッポ モノローグ

力士団の要求 [編集]
天竜らの要求は以下の通り。

相撲協会の会計制度の確立とその収支を明らかにすること
興行時間の改正、夏場所は夜間興行にすること
入場料の値下げ、角技の大衆化、枡席を少なくし、大衆席を多くすること
相撲茶屋の撤廃
年寄の制度の漸次廃止
養老金制度の確立
地方巡業制度の根本的改革
力士の収入増による生活の安定
冗員の整理
力士協会の設立と力士の共済制度の確立
当時、相撲協会は関東大震災で焼失した国技館の再建に伴う巨額の負債を抱えていた。その債務が滞っており、さらに租税も滞納していたといわれる。協会の財政が不透明であるという指摘もなされていた。事件の数年前には年寄の一部から造反があったり、さらに力士の着物代が滞っているとして業者が協会相手に破産申請をするという騒ぎまで起こった。

一方で力士の生活は窮状に瀕していたといわれる。場所ごとに支払われる手当では到底一年を過ごせず、師匠から前借りをして養老金で返したために老後の蓄えが全く無くなる者、後援者を回って小遣い稼ぎに走る者、中には風呂で後援者の背中を流す力士まであったといわれる。相撲に武士道の考えを導入し、力士の品位向上に寄与した常陸山の直弟子だった天竜には、そうした力士内の現状が品位の下落として許容せざるものだったのではないか、とされる。

さらに入場料が高値で、入手が難しいという問題点も抱えていた。枡席の入手方法も相撲茶屋を通さねば一般人は買うことができず、その相撲茶屋も一部親方衆が間接的に経営しているために、力士から手当をピンハネしているという噂ともども、親方衆のみが私腹を肥やし、力士の窮状がますます広がっているとも言われていた。

1927年(昭和2年)に行われた角界の東西合併も、それによって東京協会が日本で唯一の興行組織になりはしたものの、親方・力士を含め多数の冗員が発生するという問題点も抱えていたとされる。

それらの問題の数々が、天竜らの決起の要因だとされている。天竜らが要求の中で最重要視したのは協会の財政問題、つまり1番目の要求だった。これに対する協会の回答が不誠実なものだと天竜らは評価し、脱退へと進んでいったというのである。出羽ヶ嶽以外の力士が全員丁髷を落としたのは、協会の一任を受けて調停に乗り出した右翼団体の矛先をかわす目的もあったと言われている。

これらの動きを受けて協会は1月29日に改革方針を決定した。このうち、力士会の設立や養老金制度の確立などは要求を受け入れる形となった。また会計制度の確立、相撲の普及活動の充実などについては、のちの改革で実現した。夜間興行も1場所限りながら実現された(1955年9月場所)。相撲茶屋は1980年代中頃に整理されて20軒の「相撲案内所」と名を替え、新規設立された国技館サービス株式会社の傘下において事実上法人化されたが、枡席券入手の難しさなどは旧態依然で批判も多い。年寄制度、巡業制度などは現在も模索が続いている。

事件その後 [編集]
改革方針を発表して間もない2月、協会首脳である取締3名(出羽海(元両國)・入間川(元行司木村宗四郎)・高砂(元朝潮))は総辞職した。後任には引退後間もない藤島・春日野のほか、立浪(元緑嶌)・錦島(元大蛇潟)の4名が就き、人心一新の形をとった。

一方、脱退組は1932年2月4日に東京・根岸で初の興行を打って成功を収めた。力士総当たりのリーグ戦で優勝者を決める斬新な方式も観衆に受け入れられてその後の興行も成功を収めた。ところが、事件に参加した力士全員が髷を落とし協会との決別の意思を表明したときただ1人髷を切らなかった出羽ヶ嶽が、脱落して5月場所から協会に帰参すると、内部分裂も発生し事件の翌年である1933年(昭和8年)1月には和歌島・朝潮(男女ノ川)ら多くの力士が帰参、このため協会は1月場所で幕内格別席、十両格別席、幕下格別席を別版で発表する2枚番付を発表した。残った天竜たちは、1933年2月に関西角力協会を設立し、大阪に本拠を構えた。

1933年1月場所に復帰した力士 [編集]
幕内格別席力士
綾櫻由太郎
鏡岩善四郎
朝潮供次郎(番付発表後に男女ノ川に改名)
和歌島三郎
太郎山峯吉
新海幸蔵
高ノ花武也
錦華山大五郎
宝川政治
灘ノ花虎之助(脱退時のしこ名は伊勢ノ濱)
海光山大五郎
外ヶ濱弥太郎
十両格別席力士
金湊仁三郎
銚子灘伝右エ門
太刀若峯五郎
番神山政三郎
綾昇竹蔵
楯甲新蔵
磐石熊太郎
綾若真生
幕下格別席力士
出羽湊利吉(脱退時のしこ名は土ヶ崎)
綾錦久五郎(脱退時のしこ名は能登錦)
協会は1932年には前年までの形式を踏襲して、年4場所(2・5月東京、3月名古屋、10月京都)興行したが、関西角力協会が関西に本拠を置いたため、3月と10月に行なっていた関西本場所を廃止して、1933年以降は大正以前と同じ1月と5月の東京場所のみに戻ることになった。

いち早く一派を脱退して協会に帰参した武藏山は、大関のまま再出発をした。しかし当時の世論は天竜たちに同情的であったこともあり、武藏山には「裏切り者」の罵声が飛んだという。のちに横綱に昇進したものの事件前年(1931年)に負傷した右腕の影響もあり、期待通りの活躍を収めたとは言い切れず、事件を巡る一連の行動は彼の土俵人生に陰影を落とすこととなった。

その後天竜は玉錦の横綱免許授与に際し協会と吉田司家に玉錦は人格面で横綱の資格を満たしていないとの意見を出したが無視されるなど徐々に劣勢となり、満州(現・中国東北部)に活動の場所を求めるが双葉山の活躍にも押され徐々に客足が衰えていった。この時期の関西協会に対して、作家の舟橋聖一は、トーナメント式の三番勝負は、国技館の一番勝負より消耗度が激しいので、相撲が変化の多いものだったと回想している(『相撲記』(1943年))。

1937年(昭和12年)12月に関西角力協会は解散した。この時関西協会に所属していた力士のほとんどが1938年(昭和13年)1月場所付けで東京に復帰または新規加入した。復帰者は脱退時より一段下に編入され、関西で入門した者で櫻錦利一ら幕内・十両だった者は幕下付出、それ以下の者は新弟子扱いとなった。

このとき、復帰しなかったのは、大ノ里・天竜・山錦・錦洋・雷ノ峯・綾浪たちであった。天竜らを支えた大嶌は1936年(昭和11年)に、潮ノ濱は1937年に亡くなった。大ノ里は愛弟子たちの帰参を見届けると中国大連の地で寂しくこの世を去った。

1957年(昭和32年)4月、国会で公益法人としての相撲協会のあり方が問われることになった。いわく「寄附行為に定められた本来の事業をせず、利益追求のための興行組織化している」というのである。特に相撲茶屋問題を中心に議論となった衆議院文教委員会に参考人招致された6人の中に、天竜、永井高一郎(元阿久津川)、協会代表として武蔵川親方(元出羽ノ花)の3人がいた。事件の首謀者だった天竜、事件の余波で入幕を果たした出羽ノ花、事件で一旦は脱退した男女ノ川(朝潮)の師匠で、自らも協会運営を巡って相撲界を離れた永井。事件から25年後、奇しくも春秋園事件に関わりのある3人が揃ったことになる(なお武蔵川は直前に割腹自殺を図った出羽海(常ノ花)の代理という意味があった。常ノ花もまた、事件解決に奔走し、事件後に協会の首脳となった人物である。)。

事件の評価 [編集]
春秋園事件を巡っては、当初は天竜が私怨に走って起こしたものだという評価があった。前記の通り、1932年1月場所で武藏山が小結から大関に昇進した。それも関脇だった天竜を飛び越えてのものだったため、武蔵山と大関争いしていた天竜が差し措かれ、不満を募らせ挙に出た、という見方である。武藏山の昇進には拳闘への転向が噂された武藏山の引き留め策だとする見方もあった。加えて、天竜や大ノ里らが5代出羽海(常陸山)の弟子であり、武藏山が6代出羽海(両國)になってからの弟子であり、直弟子ばかりを厚遇する6代出羽海に対する不満も背景にあったのではという見方まであった。

しかし今日では事件の背景は先述のように、相撲協会が長年抱える体質にあったとする見方が有力である。天竜らが協会に突きつけた十ヶ条の要求はいずれも当時の角界が抱える問題点を鋭く指摘していたといえるからである。こうしたことから、今日では天竜私怨説よりも、相撲界のあり方を問うた事件としての再評価がされている。

春秋園事件以前にも、力士の騒擾はあった。古くは江戸時代の嘉永事件から、明治の「高砂改正組」事件、中村楼事件、新橋倶楽部事件、大正の三河島事件まで、力士たちが決起した事件が起きている。それらの多くが、協会(会所)側の横暴や力士の処遇への不満に抗するために起こった事件だと言われている。天竜らが要求で指摘した相撲界の体質は古くから長く抱えていたものだった、とも見ることができる。なお春秋園事件以後、2008年現在まで、力士たちによるストライキは起きていない。

2009年03月17日

熊野本宮大社

熊野本宮大社(くまのほんぐうたいしゃ)は和歌山県田辺市本宮町にある神社。熊野三山の一つ。家都美御子大神(けつみみこのおおかみ、別名:熊野坐大神(くまぬにますおおかみ)、熊野加武呂乃命(くまぬかむろのみこと))を主祭神とする。

1871年に熊野坐神社として国幣中社に列格し、1915年に官幣大社に昇格した。

現在の本殿には上四社(上記参照)の4柱が祀られている。中四社と下四社の神は旧社地である大斎原に小さな祠が建てられて祀られている。

現在は社殿は山の上にあるが、1889年(明治22年)の大洪水で流されるまで、熊野川の中州にあった。創建以来その中州にあったと思われ、明治の洪水が起こるまでは社殿が流される事態などにはならなかったのだが、明治以後、山林の伐採が急激に行なわれたため、山林の保水力が無くなり大規模な洪水を引き起こしたのだと考えられている。現在、旧社地の中州は「大斎原」(おおゆのはら)と呼ばれ、大鳥居が建っている。なお、その時の大洪水で被災した上流の十津川村集落の一部の人々が、村から移住した先で開墾したのが北海道の新十津川村である。

伝説によると、熊野坐大神は唐の天台山から飛来したとされている。熊野坐大神(家都美御子大神)は、須佐之男命とされるが、実際は正体ははっきりしない。 太陽の使いとされる八咫烏を神使とすることから太陽神であるという説や、中州に鎮座していたことから水神とする説、または木の神とする説などがある。
キャリ プラス 百目柿 コロッケ ピロー ビリア ブルース プレイパ ライブ 二輪草 タイム ミルク とまぴ こげちゃ だいせん おおば ダブル ネービ ヨハネ ほろば リル アイアール カレンシー がいせい ハイピッ にがうり トラップ フィス マロニ 紅い橋 プロイ みぎわ フォト モールド パンク メーク トリオ カバラ ライチー ハラム ギキョウ ナビリネン げきけい ブタノール スワン ナレッジ コクシ ディン トルコ マグレブ

祭神(:神名:本地仏)
上四社
第一殿(西御前):熊野牟須美大神・事解之男神:千手観音
第二殿(中御前):速玉之男神:薬師如来
第三殿(證証殿):家都美御子大神:阿弥陀如来 - 鎌倉時代に一遍上人が参篭し、神託を受け時宗を開いた。
第四殿(若宮):天照大神:十一面観音
中四社
第五殿(禅児宮):忍穂耳命:地蔵菩薩
第六殿(聖宮):瓊々杵尊:龍樹菩薩
第七殿(児宮):彦火火出見尊:如意輪観音
第八殿(子守宮):鵜葺草葺不合命:聖観音
下四社
第九殿(一万十万):軻遇突智命:文殊菩薩・普賢菩薩
第十殿(米持金剛):埴山姫命:毘沙門天
第十一殿(飛行夜叉):弥都波能売命:不動明王
第十二殿(勧請十五所):稚産霊命:釈迦如来
創建:不明(伝崇神天皇代、B.C.33年?)
旧社格:式内社(名神大)、官幣大社(現、神社本庁の別表神社)
本殿の建築様式:第一・二殿は入母屋造、第三・四殿は正面切妻造向拝付、背面入母屋造
祭事:
摂末社:功霊社、祓戸神社、満山社、東石祠など
その他施設:宝物殿
※なお神域内の上四社・大斎原とも撮影には事前申し込みが必要となっている。

文化財 [編集]
建造物
重要文化財 - 「第一殿・第二殿(西御前・中御前)」
重要文化財 - 「第三殿(証誠殿)」
重要文化財 - 「第四殿(若一王子)」
その他
重要文化財 - 「木造 家津御子大神坐像 速玉大神坐像 夫須美大神坐像(附 木造天照大神坐像)」
重要文化財 - 「鉄湯釜」
名所・旧跡
国指定史跡 - 「熊野参詣道 中辺路・大辺路・小辺路・伊勢路・熊野川・七里御浜・花の窟」
国指定史跡 - 「熊野三山」

2009年03月01日

トランスフォーマー (ドリームウェーブ版)

2002年より新たな玩具シリーズ、『超ロボット生命体トランスフォーマー マイクロン伝説(英名:Armada)』がアメリカで先行開始された。それに合わせる形で、ドリームウェーブ社は同年前半にハズブロより版権を取得し、関連コミック作品の出版を開始した。

84年よりの「Generation One(略称:G-1)」期の世界観をリメイクしたもの、上記「Armada」のコミックを出版し好評を得た。なおG-1作品は、当時の「トランスフォーマー (マーベルコミック版)」やアニメ作品とは直接の関連がないオリジナルである。

だが2005年前半、ドリームウェーブ社は破産し各作品は中断された。版権はIDWプロダクション(IDW Production)に移行した。

作品の幾つかは日本でもジャイブにより邦訳版が出版された。

なお海外では国内版とキャラクターなどの名称が異なるが、特に断りの無い限り、下記では日本語版の名称で記述する(OptimusPrime→コンボイなど)。

トランスフォーマー G1/Generation One
『戦え!超ロボット生命体トランスフォーマー』時期の物語をリメイクしたもの。

最初に全6号のシリーズ「Prime Directive」を出版。クリス・サラッチーニ(Chris Saccarini)脚本、パット・リー(Pat Lee)作画。ちなみにパット・リーはドリームウェーブの創設者でもある人気アーティスト。

第1シリーズの好評により第2シリーズ「War and Peace」が製作された。脚本はブラッド・ミック(Brad Mick)に替わった。これも好成績を上げ、ついに長期シリーズ化が決定される。

再度地球へ向かうトランスフォーマーたちの物語が描かれた。脚本はミックとアダム・パトリック(Adam Patyk)、作画はドン・フィゲロア(Don Figueroa)。 第1号にはパット・リー、ジョー・ング(Joe Ng)がヘルプニ入り、第4号には脚本協力でジェイムズ・ライツ(James Raiz)が参加する。

結局、会社の破産により10号で打ち切りとなった。その後、最初の2シリーズは版権を引き継いだIDW社により再発売された。日本では最初の2シリーズが「トランスフォーマー G1」として二冊発売されている。

玩具でのウルトラマグナスが白いコンボイの装甲版というギミックが、メディア上初めて取り上げられた作品でもある。

ウォー・ウィズイン/Transformers:The War Within
上記のG-1シリーズの成功により製作が決まったシリーズ。G-1以前、太古のセイバートロン星での物語を描く。脚本にはマーベル・コミック版のほとんどの脚本を担当したサイモン・ファーマンが起用された。キャラクターデザインは新規に練り直されたもので、お馴染みのキャラクターが、未来的なビークルへと変形する。

第1シリーズは全6号。若きコンボイがサイバトロン総司令官に選ばれ、責任を受け入れ、立ち上がるまでを描いた。トランスフォーマーのファンであり本作がデビューとなるドン・フィゲロアが作画を担当した。

第2シリーズ「The Dark Ages」ではマーベル・コミックのアーティスト、アンドリュー・ウィルドマン(Andrew Wildman)が作画を担当。

第3シリーズ「The Age of Wrath」ではジョー・ングが作画担当。会社破産により3号までの出版に終わった。

第2シリーズまではIDW社により復刊された。日本では最初のシリーズが「トランスフォーマー ウォー・ウィズイン」として発売された。

マイクロマスター/Transformers: Micromasters
全4号。ブラッド・ミックとアダム・パトリック脚本、ロブ・リュフォロ(Rob Ruffolo)作画。 コンボイらがセイバートロンを出発した後の出来事で、トランスフォーマーの起源の記されたゴールデンディスクを発見するマイクロマスター(日本での『戦え!超ロボット生命体 トランスフォーマーV』期以降発売された小型トランスフォーマーの総称)たちが描かれた。さほど人気を得ることはできなかった。

モア・ザン・ミーツ・ジ・アイ/Transformers: More Than Meets the Eye
2003年よりの全8号のミニシリーズ。アメリカで発売された玩具のキャラクターバイオ(設定)が収録された特集本(アクションマスターなど一部は除く)。

以前マーベル社時代に出版された「ユニバース」と同様のコンセプトであり、キャラクター、その変形後のイラストも収録。7号までにキャラクター情報、8号はトランスフォーマーの関連情報が収録された。

1号の初めと8号のラストはコミックである。これらの情報を誰かベクターシグマにアクセスして引き出しているという謎が描かれた。これはビーストウォーズシリーズのプロローグともいえる描写であった。

アルマダ&エネルゴン/Armada&Energon

トランスフォーマー アルマダ/Transformers: Armada
2002年、2003年にかけて発売された全18号のシリーズ。『超ロボット生命体トランスフォーマー マイクロン伝説』のコミック版であるが、その物語や展開が全く別物となっている。

脚本はクリス・サラッチーニ。サイモンが2号分を担当、彼は次作「エネルゴン」のメインライターとなる。

1~5号:ジェームズ・レイス(James Raiz)作画。
セイバートロン星での長きに渡る戦い。デストロンのリーダーであるメガトロンは、小型トランスフォーマーマイクロンをパワー増幅装置として利用するため捕獲を続けていた。マイクロンは宇宙へ脱出、地球に墜落し機能を停止する。
100万年後、ラッド、アレクサ、カルロスら地球人の子供は、マイクロンに出会う。マイクロンを探知したデストロン、それを追うサイバトロンも地球へ到着し、戦いが始まった。
6~7号:ファーマン脚本、パット・リー絵
地球での新たなマイクロンたちとの邂逅。スターセイバーの力が発揮される。
8~11号:グイード・グイディ(Guido Guidi)作画。
マイクロンモノリスが突如登場。全てのマイクロンを引き寄せ月基地に連れて行く。ラッドも月へと同行した。ロケット墜落のとき、半数のマイクロンは月に漂着し基地を作っていた。デストロンは彼らに全面攻撃を仕掛ける。
12~13号:グイード・グイディ作画。
メガトロンは衛星兵器を使用するが、マイクロンに阻止される。
14~18号:ドン・フィゲロア作画。
別次元にコンボイが飛ばされた。彼は滅び行く宇宙を目撃する。
別次元から現れたマイクロン、サージは全次元を飲み込む宇宙の脅威ユニクロンについて警告。彼はマイクロンのマトリクスを持ってユニクロンの尖兵から逃げてきた。ユニクロンの尖兵はG-1キャラに似た非情の部隊。ガルバトロン似の指揮官はメガトロンと戦う。スターセイバーの協力でメガトロンが勝つ。
サージの乗ってきたポッドの力で、副指令ジェットファイヤーはコンボイと再開。マイクロンマトリクスのパワーで二人は合体を可能にする。
セイバートロン星に迫るユニクロン。全トランスフォーマー、マイクロンが迎え撃つ。マトリクスの力でユニクロンは敗北、そしてグラップを倒されたラチェットたちはメガトロンを撃ち、ユニクロンの内部へと落とす。
日本ではジャイブより全三巻で発売された。

トランスフォーマー エネルゴン/Transformers: Energon
2003年12月より開始した『トランスフォーマー スーパーリンク』のコミック版。前作の10年後が舞台。続編なので19号より始まる。ファーマン脚本、グイディ作画。会社破産のため30号で打ち切りとなった。

19号
主要登場人物の紹介。ユニクロンに加え、テラーコンという新たな敵が登場。
20~23号:グイディ、ジョー・ング作画。
前作18号でユニクロンに囚われ洗脳されたユニクロンの4戦士(Unicron's Four Horsemen)登場。前作からのキャラがスーパーリンクボディを手に入れた。
メガトロンのスパークはユニクロンの体内で囚われていることが分かる。
テラーコンは地球へ侵攻、ラッド達、キッカー登場。
24号:ジェームズ・ライス作画。
ロードバスター、ショックウェーブの因縁が明かされる。
25:ジョー・ング作画。
オムニコン、スノーストーム登場。
26~29:アレック・ミルン(Alex Milne)作画。
テラーコンの地球総攻撃、グランドコンボイはガルバトロンの再生と、スタースクリームのナイトスクリーム化を助ける。
30号
デストロン大帝ガルバトロン対テラーコン指揮官スコルポノックの戦い。

アルマダ:モア・ザン・ミーツ・ジ・アイ/Transformers Armada: More Than Meets the Eye
2004年出版、アメリカでの全ての玩具発売キャラの設定集。全3号。03年のG-1シリーズ同様のレイアウト。

1号最初、3号最後のミニコミックでアレクサがトランスフォーマーの歴史を学ぶ。コミックはアルマダ、エネルゴンの間の出来事である。

エネルゴン版も計画されたが破産により中止。

Transformers/G.I. Joe
ドリームウェーブ社とG.I.Joeの版権を持つデビルズ・デュー(Devil'sDue)社によるクロスオーバー。全6号。かつてマーベル時代に行われたそれよりもパラレルの色が濃い。

G.I.ジョーの敵、コブラ(Cobra)がデストロンを発見、覚醒させ、1940年代の戦闘兵器にリフォーマットし、彼らは第二次世界大戦で大暴れする。G.I.ジョー(アメリカの義勇軍という設定)にサイバトロンは力を貸す。

ドリームウェーブ社からは破産前に第1号を出版できたのみに終わっている。

サマースペシャル/Transformers Summer Special
2004夏に発売。G-1、エネルゴン、R.I.D(日本では『カーロボット』)、ビーストウォーズの各話からなる特集号。R.I.D、ビーストはファンの人気投票により、どちらかがシリーズ化される予定だった。

毎年出版される予定だったが破産により1号で終わった。

G-1:ミック、パトリック脚本、パット・リー、ジョー・ング作画。
第2シリーズ後の挿話。メガトロンとアニマトロン部隊の邂逅。
アニマトロンは宇宙に亡命したセイバートロンのかつての指揮官という設定。PlanetBeest(ビーストフォーマー(BattleBeast)の設定より)で自然のままに生きていた。
スタースクリームに遺棄されたメガトロンは、レックガーに修理された。自分が指揮権を取り戻すため、アニマトロンに協力を求める。メガトロンは武器無しでレーザークローを破り、配下に加え、プレダキングへの合体能力を与えた。
その後、G-1シリーズに合流、セイバートロン星のレーザーウェーブを倒し、地球に戻る。
エネルゴン:ファーマン脚本、ジェームズ・ライス作画。
ストームジェット(Slugslinger)、シャークティコン、スノーストームの話。オメガスプリーム攻撃に失敗したスノーストームはガルバトロンに嘘の報告をする。あきれたガルバトロンはストームジェットを副官に選んだ。
R.I.D:ミック、パトリック脚本、リュフロ作画。
原子炉を盗むブラックコンボイとゲルシャーク。ファイヤーコンボイ、ゴッドマグナスは阻止のためチームワークを学ぶ。
ビーストウォーズ:ミック、パトリック脚本、フィゲロア作画。
メタルスダイノボットに襲われるラットルの回想。謎のマクシマル(ビースト戦士)に助けられる。
恋人の色 ビーチ オーデコ ダチョウ 夢の恋路 ドゥーム プライマー ばんどう エブロ 黄昏ワル てっぷ フォロ フィラ チジン やはぎ ファイ ルソー フレンド アンラ イーシ フォークタ すずりいし らいち 夢待人 四季彩 日本の島々 真珠 デレヨイ ツーリスト オブソリ トーキ きがん サガ スクアレ スイムタル オーバル タージ ヒュッテ ミニホ ラーキー オービス スカフェ タイム イメージ ロボール 愛の ロンドン スターム ライブラリー マゼラ

ビーストウォーズ/Beast Wars
上記の投票で選ばれたビーストウォーズが、ファーマン、フィゲロアのコンビにより製作予定だったが、倒産で立ち消えとなった。絵やシノプシスがネットで発表された。

だが、後にIDW社版ビーストウォーズコミックに彼らはそのまま起用された。

2009年02月10日

第一高等学校 (旧制)

旧制第一高等学校(きゅうせいだいいちこうとうがっこう)は、現在の東京大学の前身の一つとなった旧制高等学校である。旧制一高とも呼ばれる。
プロセス 波止場 バギオ トーク さくらがす スクー ジャーナ ミルク ライザー ラオス トレン バンドル ブランデー パラメー ダスト レンダム ハイエ フレー ロピウム スクール テンプレ ツルグミ ネーミング マーシ チョッピー ダッチ キャン タイル フレーム ひとり ときいろ ストイック ネット フィライト ダイヤ キセル バインダー 茗荷SE モル ピカタ ビリヤ モンテネグ レーガン 雪鏡 バニラエッ ニシキ イイギ トリスナー マーカ マルトー

1874年(明治7年) 官立東京外国語学校英語科が官立東京英語学校と改称
1877年(明治10年)東京英語学校と官立東京開成学校普通科(予科)が合併し、東京大学予備門設立
その後、以下の科を併合。東大医学部予科(1882年)、東京法学校予科と東京外国語学校仏学科・独学科(1885年)
1886年(明治19年)帝国大学令・中学校令に伴う改正で、工科大学予科を併合、第一高等中学校となる また予科三年をおく 本科二年
1887年(明治20年)医学部を千葉に設立(県立千葉医学校より変革)
その後分離し、千葉医学専門学校、千葉医大を経て現在の千葉大医学部に
1889年(明治22年)一ツ橋から本郷弥生町(本郷向ヶ岡)に移転(現在の東大農学部のある区域)
1890年(明治23年)木下廣次校長が学生自治を認める(自治寮開設)
1894年(明治27年)予科を廃止、本科三年とする 高等学校令により第一高等学校になる
1896年(明治29年)学区制廃止、全国から受験可能となる
1908年(明治41年)清国政府留学生受入のための特設予科設置
1923年(大正12年) 関東大震災により本館時計台破損、爆破
1932年 (昭和7年)特設予科廃止、特設高等科設置、文理各30名
1935年(昭和10年)東京帝大農学部と用地を交換し、駒場に移転
1949年(昭和24年)5月31日新制東大(1947年、東京帝国大学から東京大学に)の教養学部設置。6月30日東京大学第一高等学校になる。翌日新制東大、入学式。以後1950年3月の間、一高と東大教養学部が並存
1950年(昭和25年)3月24日をもって一高終焉

教育内容
1894年以降、修学期間は3年となり、帝国大学の予科と位置づけられた。一部は法学・政治・文学、二部は工学・理学・農学・薬学、三部は医学であった。1921年以降は、文科甲乙丙、理科甲乙となる。

寮歌
『春爛漫の花の色』 - 明治34年、第11回紀念祭西寮寮歌。作詞:矢野勘治 、作曲:豊原雄太郎
『アムール川の流血や』 - 明治34年、第11回紀念祭東寮寮歌。作詞:塩田環 、作曲:栗林宇一または永井建子
『嗚呼玉杯に花うけて』 - 明治35年、第12回紀念祭東寮寮歌。作詞:矢野勘治 、作曲:楠正一

事件・出来事
インブリー事件
1890年5月29日、明治学院との野球試合開催中に明治学院の応援に来た神学教師ウィリアム・インブリーに投石、負傷させた事件
内村鑑三不敬事件
1891年1月9日、教育勅語拝戴式で講師の内村が敬礼しなかったため辞任に追い込まれた
寮歌
1902年3月1日、第12回紀念祭にて寮歌「嗚呼玉杯」が初めて発表された
藤村操の自殺
1903年5月22日、一高生・藤村操が「巌頭の感」の一文を遺し華厳滝で投身自殺した。哲学的煩悶のための自殺として世間に衝撃を与えた(夏目漱石を参照)
謀反論講演
大逆事件の翌年(1911年2月1日)、弁論部大会で作家の徳富蘆花が『謀反論』の講演を行い、学生の感動を呼ぶ(文部省内では物議をかもす)

話題
籠城主義
1890年に自治寮ができ、1901年以降全寮制が確立した。全国のエリート男子が集まり青春を過ごす自治寮を中心に独自の校風が生まれた。俗世間から隔絶した校風を誇る言葉が籠城主義である。校長・新渡戸稲造は籠城主義は排他的になり、高慢になりがちであるなどと戒めている。
寮のストーム
デカンショ節
寮の紀念祭
寮の各部屋を思い思いの趣向で飾った。学生、招待客ともに楽しみにしていた行事である
鉄拳制裁
一高風俗を描いた小説に久米正雄『学生時代』、谷崎潤一郎「私」、高木彬光『わが一高時代の犯罪』などがある。

2009年01月24日

νガンダムの強化発展型


プロリン テルロー アンモラル スピーカー スポー ピレア シュプレ かきいろ セル シニシズム ライン マードル モニター バイプロ アテネ まさば シッピン チェリモ マウシッ ヒース シャガ 甘い予感 ムギワ 国内トド ハッタン しわひめ フォント マシーン あさにじ マキャ オポッ テラス パクチ ライオン マトンポ ギャロップ ワンマ ローカ ハイグレー カードサ コロロ ストッパ スラッジ トランク セコハン シロダモ ミップス ケチャ ヒサカキ レビトラ
ゲーム内での解説等では、急造されたνガンダムと違い、十分なテストを重ねて完成された機体であるとされている。
νガンダムの発展型にあたる機体であり、パイロットはアムロ・レイを想定していた。背部にはΖガンダムの様にロングテールバーニアスタビライザーを装備しており、AMBACシステムとスラスターとしての機能がνガンダムより強化されている。フィン・ファンネルは充電機能を持ったラック2つを介して搭載している。
「小説版νガンダム」としてのHi-νガンダム
マスターグレードやハイコンプリートモデルプログレッシブの解説書では、小説版『ベルトーチカ・チルドレン』の内容に合わせた解釈がなされ、Hi-νガンダムを“小説版νガンダム”と同じ位置付けの機体としている。サイコ・フレームの技術の入手方法は異なり、小説版では5thルナにおける戦闘で意図的にシャアが残していったサイコ・ドーガ(映画版におけるヤクト・ドーガ)を鹵獲したロンド・ベル隊が、機体からサイコ・フレームを切り出し、νガンダムのコックピット周辺に直接補強板のように溶接した設定となっている。

武装解説
フィン・ファンネル
バックパックにフィン・ファンネルのエネルギーの再充填を可能にするファンネルラックを装備している。ファンネルは折りたたまれ、ラックにぶら下がるように発射口を下に向けて装備される。武装はνガンダムに装備されていたものを中心としており、バックパックにはプロペラントタンクを2機装備できる。
ビーム・ライフル
性能や威力など、詳細は不明。
ビーム・サーベル
カスタムビームサーベルは背部のファンネルラックに各1本ずつ、予備のビームサーベルを左碗部に収納する。計3本装備している。
腕部マシンガン
右碗部に一門装備されている。弾丸カートリッジの交換が可能になっている。
シールド
形状はRX-93νガンダムのものとほぼ同一。裏面にνガンダム同様ビームガン用のジェネレーターを内蔵しているが、砲身または砲口の存在や、具体的な運用方法については設定が存在していない。スーパーロボット大戦シリーズではビームキャノンが内蔵されている。
ニュー・ハイパー・バズーカ
マスターグレード版Hi-νガンダムに付属している武器。実弾を打ち出す、口径280mmのバズーカ。地球連邦軍では代表的なMS用兵器である。同等の規格物をHi-νガンダム用に仕様変更した物である。射程や弾頭の破壊力が強化されている。
ハイパー・メガ・バズーカ・ランチャー
角川版小説『ベルトーチカ・チルドレン』ではメガ・バズーカ・ランチャーを使用。ラー・カイラムより伸ばされたエネルギー・ケーブルを機体に直結する急造のエネルギー供給システムで運用されている。発射のためには莫大なエネルギーを消費し、供給を行う際には一瞬ラー・カイラム艦内の照明が切れるほどであるが、それだけに圧倒的な威力を誇る。作中ではアクシズの核パルス・エンジン破壊のために用意されたが、破壊は失敗している。マスターグレード版Hi-νガンダムには付属していない。

デザインの変遷
小説『機動戦士ガンダム逆襲のシャア ベルトーチカ・チルドレン』の口絵に描かれた"RX-93 νガンダム"が初出である。同小説では映画のνガンダムに相当する機体として描かれているものの、この口絵のデザインやサイコ・フレームの実装される過程や武装などが映画版と異なっている。後の1990年、この小説版のデザインを基にホビージャパンの企画で出渕によって再デザインされ立体化された。

1998年に発売されたメディアワークス発行の書籍『データコレクション7 機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』では、Hi-νをνガンダムの上位機種と規定し、一部ではあるが機体スペックも掲載した。その後、プレイステーション用ソフト『リアルロボット戦線』でゲーム初登場を果たし、漫画や小説などの非映像作品のMSも数多く登場させるようになった『SDガンダム GGENERATION-ZERO』や『スーパーロボット大戦α外伝』にてνガンダムの発展系として登場する。

映像媒体に登場する機体ではないこと、その経緯の複雑さから正確にはアンオフィシャルの機体であったが、マスターグレード発売に伴いサンライズ主導のもと、公式化されている。これに伴い出渕裕自身の手でデザインリファインが行われた。

塗装は長らく紫を基調としたカラーとされていたが、プラモデルマスターグレードでは白と青のカラーリングに変更された。

量産型νガンダム
量産型νガンダム(りょうさんがたニューガンダム)は、『大河原邦男コレクション』(M-MSV) に登場するMSである(型式番号:RX-94)。

機体解説
機体諸元 量産型νガンダム
型式番号 RX-94
所属 地球連邦軍
建造 アナハイム・エレクトロニクス社
生産形態 量産機
全高 不明
頭頂高 21.2
本体重量 25.6t
全備重量 64.5t(フィンファンネル装備時推定)
58t(インコムパック装備時推定)
ジェネレーター出力 2,500kW
スラスター推力 91,000kg
センサー有効半径 19,400m
装甲材質 ガンダリウム合金
武装 ビームライフル(RX-98と同形)
ビームスプレーガン
ビームサーベル×1
60mmバルカン砲×2
インコムユニット(オプションパック)
フィン・ファンネル(オプションパック)
シールド
シールドビームキャノン
ミサイル×4
主な搭乗者 地球連邦軍一般兵
「シャアの反乱」が長期化した場合を想定し、ジェガン以上の主力量産型MSとして設計されていた機体。コスト高騰等を理由に、実際に配備された記録はない。 母体となったνガンダム自体、ガンダムタイプMSの配備に消極的な連邦軍上層部からの予算獲得の目的で、量産も可能なように設計されていた。

サイコミュ兵器はフィン・ファンネルか、ニュータイプ以外でも扱えるインコムの選択式。機体色はリ・ガズィに近い青系のカラーリングにまとめられたほか、4本あったブレードアンテナは2本になっている。武装面では、ビームスプレーガンを固定武装として右腕部に装備している。その他の武装はνガンダムと共通である。

デザインは大河原邦男。

武装解説
ビームスプレーガン
右腕の固定装備。
インコム
インコム用バックパック交換で装備できる。
フィンファンネル
フィンファンネル用バックパック交換で装備できる。

プレイステーション2用ソフト『第3次スーパーロボット大戦α 終焉の銀河へ』では、主人公の1人であるクォヴレー・ゴードンの序盤の搭乗機として登場する。
νガンダム ダブル・フィン・ファンネル装備型
νガンダム(ダブル・フィン・ファンネル装備型)(ニューガンダム(ダブル・フィン・ファンネルそうびがた)ν GUNDAM DFF)は『CCA-MSV』に登場するMSである。

機体解説
バックパックのサーベルラックをフィン・ファンネルのジョイントに置き換え、左右にフィン・ファンネルを装備できるようにした機体。合計12個のフィン・ファンネルを装備している。サーベルラックはバックパック両側面に各1つ、合計2つ追加し、ビームサーベルは合計2本となっている。また、機体自体も通常のνガンダムに比べ細部が若干異なっている。

なお、PSPゲーム『ガンダムバトルユニバース』では、フィンファンネルによるバリアの形が正二十面体となっている。

νガンダム ヘビーウェポンシステム装備型
νガンダム(ヘビーウェポンシステム装備型)(ニューガンダム(ヘビー・ウエポン・システムそうびがた)、ν GUNDAM HWS)は『CCA-MSV』に登場するMSである(型式番号:FA-93HWS)。

機体解説
フルアーマーガンダムの構想を、νガンダムに継承した機体。スラスター付きの追加装甲を全身に装着し、機動性を損なわず防御力を向上させている。シールドも分厚く大型化しているが、バーニアの配置上、狭い方を上向きにマウントしている。装備面では、ハイパーメガライフルを採用し、火力の強化が図られている。

モデルグラフィックス誌では、Ex-SガンダムのIフィールド発生装置と似た中央胸部装甲が追加装備された機体も存在する。


プラモデルでは「SDガンダムBB戦士 No.209 νガンダム(HWS仕様)」としてキット化されている。

YRA-90A μガンダム
PC-9801用ゲーム『機動戦士ガンダム アドバンスドオペレーション』に登場する。詳しくはμガンダムを参照。

その他のバリエーション

FA-93S フルアーマーνガンダム
『機動戦士ガンダム MS大全集』に登場。

PX-00531
漫画『機動戦士ガンダム ジオンの再興』に登場する。νガンダムの試作型でサイコミュは搭載していない。テストの為に地上に下ろされた際にネオ・ジオン軍の襲撃に遭遇し、輸送担当者の独断で戦闘に投入されたが、オーパーヒートを起こして撃破されてしまった。その為νガンダムの完成は遅れることになってしまった。「00531」は生産工場における製造番号。

RX-92LAS Gコマンダー
漫画『新MS戦記 機動戦士ガンダム短編集』に登場。宇宙用のヘビーウェポンシステムと対を成す陸戦用の重装化プラン(形式番号のLASはLand Armor Systemの略)であり、シールド等は共通のものを装備している。母機としてPX-00531同様のνガンダム試作型 (RX-92B) を使用している。全備状態は非常に大型な機動兵器となり、モビルアーマーに近い様相となる。

νガンダム FAMAS仕様
漫画『機動戦士ガンダムReon』に登場。νガンダムの改良型である。ガンダムReon奪取の為にFAMASのレディスが搭乗した。フィン・ファンネルの搭載数が増加され、外観も黒い塗装に変更されている。

武者νガンダム
機体諸元 武者νガンダム
型式番号 RX-93 (TYPE-M)
所属 地球連邦軍
全高 25.5m
頭頂高 不明
本体重量 59.9t
全備重量 61.3t
ジェネレーター出力 7,240kw
センサー有効半径 不明
装甲材質 ガンダリウム合金
スラスター推力 不明
武装 サイコミュソード「妖剣ムラマサ」
60ミリバルカン
ビームサーベル
『SD戦国伝』シリーズとは別に、宇宙世紀の世界観上で展開されたコミックボンボンのオリジナルストーリー「プロジェクトMUSHA」に登場する(1989年3月号掲載)。地球連邦軍の機体である。

機体解説
木星の宇宙海賊掃討を目的として始動した連邦軍の「プロジェクトMUSHA」機体群の内のひとつ。サイド2で建造されたνガンダムのレプリカをベースに開発された機体。その名が示すとおり、旧世紀の日本の鎧武者を模した外観を持つ。サイコミュソード「妖剣ムラマサ」を装備したニュータイプ専用機。

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2009年01月17日

流浪の楽士を自称する美青年

ギーヴ

[第1部]
流浪の楽士を自称する美青年。頭髪は赤紫色の23歳。剣や弓の扱いから楽器、果ては女性の扱いにまでも優れる。特に弓の扱いに関しては神業的な腕前を誇り、エクバターナがルシタニアに包囲された際には囚われの万騎長シャプールの意を受けて遠矢で射殺している。自らをアシ女神の僕とし、ファランギースをアシ女神と同一視している。彼女との出会いを経てなりゆきでアルスラーン陣営に加わる。飄々とした性格でどこか人を食った発言も多いが、アルスラーンが王城の外で育ったことを見抜くなど、洞察力は鋭い。デマヴァント山ではヒルメスが宝剣ルクナバードを掘り返さんとしているところに出くわし、ヒルメスに王としての資格がないと言い放って剣がヒルメスの手に落ちることを防いだ。また、アルスラーンの異称である「解放王」を最初に称えたのはギーヴだとされている。第二次アトロパテネの戦いにおいてルシタニア軍で最も高潔な騎士と謳われたモンフェラート将軍を討ち取り、パルス王室の財宝が暴兵に奪われることを防いだ。本人曰く、2枚の舌に加え、10以上の”色のない舌”を持つ。また、ギーヴならぬ悪鬼(デーヴ)の尻尾を苦労して隠しているらしい。ファランギースに対して好意を持っているのは確かだが、彼女にあしらわれることも楽しんでいるそぶりも見られる。
[第2部]
パルス国の宮廷楽士にして巡検使(アムル)。26歳。飄々とした性格は相変わらずで「不逞・不遜・不敵と三拍子揃った男」「火を消す代わりに洪水を起こす」と言われる。国王直属としてパルス国内を自由に旅して得た情報をアルスラーンに報告する任務を帯びており、ナルサスの意を受けて遊軍的役割を担うこともある。アルスラーンに仕えてはいるが「パルス随一の色事師」振りは健在である。個人的な興味から旧バダフシャーン公国へと向かう。
ファランギース

[第1部]
ミスラ神を信仰する女神官(カーヒーナ)。22歳。ミスラ神殿がアルスラーン生誕時にその名で寄進されたものであることから、神殿よりアルスラーンを守護するべく派遣された。弓の扱いに優れ、精霊(ジン)の声を聞き、水晶の横笛を奏でることで彼らを使役することもできる。黒絹の髪・緑玉の瞳・白珠の肌・糸杉の身体を持つ、「自他共に認める」絶世の美女。ギーヴやクバード、ラジェンドラらから言い寄られるが本人はあっさりと拒絶している。酒豪でギーヴやラジェンドラが束になっても敵わなかった。
[第2部]
大戦後はフゼスターン地方の神殿に戻るが、改めてアルスラーンに呼び出されて巡検使と宮廷顧問官(ブラフマン)に任じられる。25歳。その美しさと強さは変わらず。湖上祭でかつての恋人の弟と再会することとなる。オクサス地方の変事にアルフリードと共に調査に向かい、蛇王復活の兆候を目の当たりにする。
キシュワード

[第1部]
パルス国の万騎長。パルス歴代の武門の出で、二つの剣を使うことから「双刀将軍」(ターヒール)と呼ばれる。美髯を蓄えている。アルスラーンとは2羽の鷹が縁で個人的な親交もあった。アトロパテネの敗戦時は、僚友である万騎長バフマンとともに東方国境のペシャワール城塞の守護の任についており、難を逃れた。かつては西方国境の守護に当たっていたが、「生ける城壁」「双刀将軍キシュワードあるかぎりミスル軍はディジレ河を越えるあたわず」と呼ばれるほどの豪勇から、ミスル国が講和の条件として城砦を譲る代わりに彼を東方国境への異動をするよう要望したという逸話がある。戦場を離脱しペシャワール城塞に辿り着いたアルスラーンらを迎え入れ、ルシタニア軍追討に邁進する。アンドラゴラス三世復帰後は謹厳実直な性格から、主君への忠誠とアルスラーンへの好意の板ばさみとなり苦悩する。対ルシタニア戦ではルシタニアの双璧の1人ボードワン将軍を討ち取るなどの武勲を上げる。
[第2部]
クバードとダリューンと並び、大将軍(エーラーン)の候補とされたが、両雄がにべもなく辞退したことからアルスラーン王政下の大将軍に任じられる。第一次アトロパテネ会戦で戦死した万騎長マヌーチュルフの娘・ナスリーンと結婚し、息子アイヤールを授かる。大将軍になってからは前線で戦う機会が減ったが、エクバターナ地下に設けられた蛇王ザッハーク一党の神殿調査の際はダリューンを差し置いて調査に赴いている。
クバード
まっち棒 きたみ ショートス バルト デンバー トスタチン チップ はじめて ばんか カラー ニュー ラジウム アドミラル プロフィット ネリカ スレッド 恋草子 ラッカー プレミア コリック サーフス ケード アサイン サーチ大潮 リンガ メイリオ オブラー ソクラ コサック からし菜 パラリ ゲバ上位 ヌーデン セルフレジ 草枕 トング 夢の果て ホソル びわ検 ひつじの涙 チャイ ナッツ パー 対策リマ ブラボ タイム ラングーン メキシコ ハクサンイ かいらん


[第1部]
パルス国の万騎長の一人。31歳。左眼が一文字に潰れている。通称「ほら吹きクバード」。かなりの酒豪で、彼をしのぐ者はファランギースくらいであろうと言われる。豪放磊落で陽気な性格だが、部下や弱者に対しては気配りもよく、部下たちからの信頼も厚い。遠慮しない性格のため、アトロパテネ会戦時国王アンドラゴラス三世が戦場から離脱したのを見て「兵士を見捨てて逃げるような王に従う義理はない」と放言し、一時与力したヒルメスに対しては素顔を仮面で隠すことを痛烈に批判している。アトロパテネの敗戦後は軍を離脱し各地を放浪しており、紆余曲折を経てアルスラーン陣営に加わる。アンドラゴラス三世復帰後は主君に距離を置きつつも離脱したダリューンに代わり万騎長として王都奪還戦に参戦している。片目の傷は伝説上の怪物である「三頭竜(アジダハーカ)」と戦ったときの傷と言っている。